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2015-12-29

過去の自分を救うことができる、幸せの眼鏡。

こんにちは、たなかけいこです。 

いよいよ、今年もあとちょっとですね。

 

 

さて、

 

私が、

離婚をする、と決めて

別居をしていた時、

 

2歳の息子と二人きりで

お正月を迎えたことがありました。

 

 

なんとも寂しい気持ちで

2歳の息子と、たった二人きりで

涙ながらに、お雑煮を食べて

すごく悲しかった。

 

と、毎年、この時期になると

そのことを思い出して、

寂しさを追体験していました。

 

 

 

でも、10年以上過ぎた

ある時、

 

同じそのお正月に、

 

息子と二人でいられることに

ちょっと、ほっとして

幸せになろう、と心に決めた

そんな瞬間があったことや、

 

息子と笑い合っている瞬間があったことを

思い出せたのです。

それは、素晴らしい瞬間でした。

 

 

 

悲しいと思っている思い出の中にも、

 

キラリと光る希望はあった。

 

ただその時は、そのことに気付いていないだけだったんだ。

 

 

そう思えて、

救われる思いがしました。

 

 

 

 

 

なぜ、10年以上も経って

それを思い出せたのか

というと

 

 

今、私は幸せだ。

離婚をして

悲しいこともあったけれど

あれはあれでよかった。

 

 

そう思えるようになった私が

その出来事を見てみたとき

 

思い出せた、というか

幸せや希望を見つけることができたのです。

 

 

 

 

 

 

私たち人間は、

 

 

自分のことを

「寂しい人」だと思っていると、

 

そんな自分にふさわしい

「寂しさ」を集めようとして

 

「寂しい」という眼鏡で出来事を見ます。

 

 

 

 

だから、

 

 

自分のことを

「幸せな人」だと思っていれば

 

「幸せ」の眼鏡で見ることができて

 

「幸せ」を集めることもできるのです。

 

 

 

 

 

あなたは、

 

どういう人だ、と思うことで

 

どんなことを集めていたいですか?

 

 

 

楽しさ、自由、美しさ、・・・

 

なんでも、集めることができますよ。

 

 

Mahalo,

 

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